観戦記 12月30日
令和3年度 第75回 全日本総合バドミントン選手権大会
12月30日(木)
男子シングルス
奈良岡功大にとって、中学1年時の初出場から数えて8度目となる今年の全日本総合は、絶対に優勝したいという強い思いがある。そんな奈良岡の決勝戦の相手は、昨年の総合で切れ味鋭いジャンピングスマッシュを武器に、3位入賞と飛躍を見せた田中湧士。背負う所属こそ違えど、同じ大学に通う若い2選手の対戦となった。
第1ゲームはゆったりとしたラリーで幕が開く。徐々にそれぞれの思惑が相まみえるラリーに移行していくと、互いがネット前で「タメ」を交えた騙しあいを行うなど,高度な駆け引きが行われる。上がってきた球を強力なスマッシュで押し込める田中が9-5とリードをつかんだものの、奈良岡は得意なヘアピンやショートリターンの精度を上げて次々に激しいラリーを制し、10連続得点を奪うなどして17-10。一気に逆転して突き放した。この後もヘアピン、ドリブンクリア、スマッシュを完璧なコースに打ち分けた奈良岡が21-14として先取した。
第2ゲームも序盤から白熱したラリーが展開される。田中はフォアサイドから仕掛け、相手ボディにスマッシュを決めた3点目(3-1)で早くも大きな声を出す。その後すさまじいロングラリーで奈良岡が追いついた瞬間には、会場中から大きな拍手がこだました。このゲームは、共にコートを広く使った激しい攻防が繰り広げ、互いに膝をついてのリターンを強いられる場面が散見されるなど、決勝戦にふさわしい死闘となる。奈良岡はコースの正確性で、田中はスピードとパワーでショットを決めて、拮抗したゲームが進んでいく。しかし終盤は奈良岡の足運びが鈍り、ネット勝負を田中が制する場面が増えると、上がってきた球を田中は渾身のスマッシュで沈めていく。5連続得点で21-17とした田中がゲームを取り返した。
ファイナルゲーム、前ゲームを押しきった勢いそのままに強打を連発する田中だが、序盤はコートの枠を捉えきれない。それでも、足をよく動かしての好リターンや、スピンの効いたヘアピンなどですぐに立て直す。奈良岡も低い展開を多くして、素早くネットに詰めて決めるなど応戦するが疲労の色は隠せない。田中が数段階の速度でスマッシュを打ち分けて、強力な一本を沈めるなど一気にリードを奪い17-11とする。ここで田中のロブショットが1本アウト判定となり、チャレンジ申請、失敗。時間と1点を得た奈良岡が切り替え、2ラリー続けて田中のボディを狙ったスマッシュ&プッシュで得点をあげ、諦めない姿勢を見せる。それでも体力、スピードで勝ったのは田中だった。次の1本、ネット前で騙しのヘアピンを放つと、奈良岡は一歩も動けない。スピードを維持した田中は連続してスマッシュを決めてチャンピオンシップポイントを握ると、最後はネット勝負を制して21-14。田中が日本一の栄冠を手中にした。試合終了後、ガッツポーズをおさめるとすぐに全方向の観客に深々とお辞儀をし、コーチ席にいたチームの監督と固い握手を交わした田中。新王者は学生スポーツの模範ともいえる爽やかな立ち振る舞いで、観客たちの心を奪った。
田中は試合後、「ここまで出た試合で結果を出せず、勝てない、身が入らないできつい1年だったけれど、この大会で自分の力を出せて優勝できて本当に良かった」と話し、苦しんだ年を最高の結果で締めくくった実感をかみしめた。また、「最近は(内定先の)NTT東日本で、技術や体力で自分より上の人と練習できたことで、それがプラスになって優勝できたと思う。目標はオリンピックで金メダルを取ることなので、まずは国際大会で優勝できるようになりたい」と語っており、次のステージでの更なる活躍が待ち遠しい。
一方で、惜しくも狙っていた優勝に届かなかった奈良岡は「優勝を目標にしていたので悔しいが、決勝まで来られたことは自信になった。来年A代表がいる中でも、この舞台に立ち優勝したい」と前を向いた。加えて「今年は特にフィジカルトレーニングを積んできたけど、足りなかったということ。相手の方がスピードも上だったので、これからさらにトレーニングを積む必要があると感じた。今後は国際大会が増えると思うので、そこでしっかり勝てるようになりたい」と、ブレることなく次の主戦場を見据えていた。
女子シングルス
女子シングルス決勝戦は女王 奥原希望(太陽ホールディングス)と次世代期待の水井ひらり(NTT東日本)の2018年全日本総合以来、2度目となる対戦となった。3年の時を経たこの戦いは奥原が実力と経験の豊富さを見せつけ、3連覇を達成した。
序盤から奥原は多彩なショットに水井を翻弄し、5連続得点でスタートダッシュをきる。動きが硬く、奥原のゲームメイクに対応できなかった水井は試合後、「力が入ってしまって、足を止められてしまった。準備はしているけど、全部を守る意識があって反応が遅れてしまった。」と振り返った。途中、逆を突いたクロススマッシュが決まるなど、水井らしいショットも垣間見えたが、すぐさま奥原に仕掛け返され連続得点を取れせてもらえない。
昨日までの試合で決まっていた水井のショットも、奥原は持ち前のフットワークで華麗に拾う。試合後の会見で奥原は、今回のゲームメイクについて「現在の若手選手はキレのあるショットを持っていて、水井選手はクロスショットにキレのある印象。ただ、その得意なショットが決まらなくなった時にその他はまだ雑なところがあるので、試合の流れの中で相手が乗りそうなところを確実に得点して、盛り上げさせないように意識した」とコメントした。実際、プレッシャーを与えられた水井はコートの際どい箇所を狙ってしまい、シャトルがコート外に落ちてしまう場面が増えて中々自分のリズムを作ることができない。対して、万全に戻っていない状態の奥原はリアコーナーに追いやられるショットへの対応に苦戦するも、そこを補える引き出しの豊富さが女王たる所以。多彩なラリーの組み立て方、得点の取り方でゲーム全体をコントロールし、2−0で3連覇を達成した。
全日本総合で初の決勝戦を戦った水井は試合後、「全力を尽くそうと思っていたが、雰囲気に飲まれた。緊張して全てを出し切れなかったことが悔しい」と振り返り、3年前との比較・変化を聞かれると「ラリーはできるようになった。今後は簡単なミスや、点を欲しがって狙ってミスをしてしまうことを直していきたい」とコメントした。
対して、奥原は水井について、「世代トップの選手であり、未来を背負う選手であると感じていた」と語り、「自分のコンディションが良くなかったので万全のプレーではなかったが、試合への気持ちや試合の進め方などの違いを水井選手に感じてもらえたと思う」と彼女への期待を込めたコメントを残した。
ただ、奥原は若手選手に対してこうも言った。「自分が最初にこの大会で活躍したのが高校2年のとき。その次に山口選手や大堀選手が出てきた。最近はベテランが活躍し、新星が出ていない。それにはほっとする気持ちもあるが、自分も佐藤さんのようにいずれ引退する時が来る。そのときに安心して任せられる存在が欲しい。しかし、今ははっきりとそう言える若手が少ない。自分もそろそろベテランになるので、若手に期待したい。今回誰もが優勝するチャンスがあっただけに、今大会をものにできなかった悔しさを若手には噛み砕いて感じて欲しい」と。期待を込めた厳しい言葉であった。
今回3連覇を果たした奥原は、「苦しかったことの方が多かった。いろいろなことを葛藤していた。オリンピックまでもそうだが、その後も再スタートを切りたい気持ちと、それに体がついていかない状態があった。今大会に参加する意義として、若手選手と公式戦でシャトルを交えることと、引退する佐藤選手ともう一度試合をすることがあった。両方の使命を果たすことができた。他の代表選手と比べても、自分はまだパリに向けてのスタートラインには立てていない。まだ身体が万全ではないので、もう一度身体を整え、来年の世界選手権でパリに向けたスタートラインに立てるようにしていきたい。」と、冷静に自分の立ち位置を見つめ、内在する熱い気持ちの一端を吐露した。
男子ダブルス
男子ダブルスの決勝は、順当に勝ち上がってきた第1シードの高野 将斗/玉手 勝輝と第2シードの井上 拓斗/三橋 健也の対戦となった。互いの初優勝をかけた熱戦を繰り広げられた。
第1ゲーム序盤、高野/玉手が積極的に前に出るプレーで、7-1とスタートダッシュを決める。井上は、「内容が全然良くなかった。自分の足が動かず、三橋にカバーしてもらった。」と振り返る。それでも高野/玉手リードの11-7で突入した後半、社会人になり一層磨きをかけた三橋のスピードと経験豊富な井上の配球が光り、徐々に点差を詰めていく。終盤18-18の勝負所、スマッシュと見せかけた玉手のドロップで点を重ねリードを奪った高野/玉手が、その後も連続ポイント。21-18でこのゲームを制す。
続く第2ゲーム、高野/玉手はスピードを緩めず、攻撃的なプレーを展開する。一方、このゲームを落とせない井上/三橋も、三橋のパワフルなスマッシュと、世界で鍛えられた井上の前衛で得点を重ね一歩も譲らない。どちらも均衡を破れず、一進一退で迎えた井上/三橋リードの19-18の場面、「互いに声をかけあい、最後は我慢強くもぎ取っていった」と振り返った玉手が、低めに上がってきた球に飛びついてスマッシュを決めると、次のラリーも相手の粘り強いディフェンスを打ち破り、高野/玉手がチャンピオンシップポイントを握る。最後はサービス回りの低い展開を制し、初優勝を飾った。優勝を決めた瞬間、高野は両手を高く掲げ、玉手はその場に倒れ込んで喜びを表現した。
試合後の会見では、「昨日相手の分析して、やろうと決めたプレーを今日することができた」と振り返った高野。今後について聞かれると、玉手は「世界で活躍したい目標もあるが、まずは目先の一戦で自分たちのプレーが出せるようにすることが目標」と謙虚なコメントを残した。
女子ダブルス
昨年の全日本総合で2回戦負けという悔しい思いをした保原 彩夏/宮浦 玲奈は、急造ペアながらも決勝進出を果たした櫻本 絢子/鈴木 陽向と、お互い初の全日本タイトルをかけた熱戦を繰り広げた。
第1ゲーム、保原が「自分たちのプレーを序盤からできたので良かったと思う」と振り返ったように、保原/宮浦がスピードの速い攻撃を見せる。櫻本/鈴木が上げた球に保原/宮浦が積極的にスマッシュを打ち込み、連続得点で9-3とリードを広げる。その後、櫻本/鈴木もディフェンスからドライブやショートリターンで仕掛けていき、互いに点を取り合う展開になる。しかし前半に点差をつけた保原/宮浦がそのリードを守り切り、最後は保原がセンターへのスマッシュを決めてこのゲームを奪う。
続く第2ゲーム、簡単に上げずに相手が攻撃しにくい球回しを徹底した櫻本/鈴木が4連続得点を奪う。対する保原/宮浦も積極的に前に出て、一瞬の隙をつくプレーで得点を重ね対抗する。前半を櫻本/鈴木のリードで折り返すと、保原/宮浦がディフェンスからもスピードを上げてドライブで仕掛けていく。「スピードが早い相手ペアなので、それをなるべくさせないようにというゲームプランだった。でも終始それができなかった。」と振り返った櫻本。素早い切り返しと速攻で押し切って9連続得点を上げた保原/宮浦が、21-15で初の日本チャンピオンに輝いた。
試合後の優勝記者会見で宮浦は「去年の総合は二回戦負けで悔しい思いをした。経験を積むということが今年はあまりできなかったが、練習で(自身に)厳しく取り組めた一年だった」と、成長の要因を語った。また、「今回優勝できたけど、次で簡単に負けたら意味がない。次もしっかり勝てるように頑張ります。」と語った保原。2人が目指す先は世界の高みだ。
混合ダブルス
第1シードペアの棄権により今大会大本命と評され、その実力通りに決勝戦に登場した緑川大輝/齋藤夏。そんな本命ペアに、連日の接戦を制してきた仁平澄也/朝倉みなみが挑戦するこの試合が、今年の全日本総合ラストマッチとなった。
第1ゲーム、早々に緑川/齋藤が主導権を握る。緑川がテンポよくスマッシュをセンターコースに打ち込んで得点をあげると、齋藤も強気のプレーを発揮し、相手ペアの鋭い球を前衛で抑え込む。ゲームを組み立てるビルディングショットの精度が高く、攻撃パターンを数多く作った緑川/齋藤が、2度の大型連続ポイントで15-4と大差をつける。その後、仁平/朝倉も仁平の必死のコートカバーと鋭いスマッシュを軸に追い上げを試みるが、「勝ちに行こうと思いすぎて力が入り、バックアウトの失点を多くしてしまった(仁平)」と、流れを引き寄せるまでには至らず。最後は齋藤のスマッシュで作ったチャンス球を緑川がしっかり沈め、緑川/齋藤が21-14として先取する。
第2ゲームも緑川/齋藤が多彩なアタック、ラリーで先行して進めていく。徐々に白熱のラリーを制する場面も出てきた仁平/朝倉だが、6-10の場面で相手の猛攻を凌いで誘い出した球を、朝倉が仕留め損ねてしまい、悔しさあふれる状態で中間インターバルを迎える。逆襲の後半としたいところであったが、緑川/齋藤の壁は厚い。スピード・テクニック共に勝る緑川/齋藤が、更に攻撃の手数を増やしてリードを広げていく。打ち分けるスマッシュ、カット、ドロップのすべてを得点につなげる緑川に、相手のプレッシャーをものともせず前衛で強打やクロスショットを決める齋藤。この勢いは止まることなく、最後は齋藤がスマッシュ、ネットショットを続けて決めて21-13。緑川/齋藤が強さを見せつけ初優勝を勝ち取った。
「A代表がいない中で、しっかり優勝することができてほっとしている。」優勝した2人がまず口を揃えたのは安堵の言葉だった。5月に行われたランキングサーキットで3位だったことが2人とっては悔しく、「(今大会を)良い形でとることができ自信になった。今後はA代表に入って、世界ランキングを上げてパリオリンピックを目指したい。」と確固たる目標を語った緑川/齋藤。このペアの物語はまだ始まったばかりだ。